いつもながら、卒業式は独特の雰囲気に包まれます。誕生。入園・入学。就職。結婚等々。新たな門出で希望に満ち、周りから多くの祝福を受ける、そんな人生の節目は多々あるのですが、こと卒業については特別な感慨に浸る機会が多いように思います。華やかな雰囲気の中、門出に際し祝福を受け、嬉しく誇らしい心持ちには変わりないのですが、その一方で、人生の節目を迎えた実感、短くも凝縮された数々の想い出、さらには恩師や親友等との別離等々が綯い交ぜとなって胸にこみ上げ、複雑な感情に襲われるからではないでしょうか。特に、高校でのそれは進学、就職、県外など多岐にわたる進路と新生活がすぐ間近に迫っていることもあって、その思いが一層こみ上げてくるのかなと思います。
このような特別な場面ですので、祝辞には特に気を使いました。正直に言いますと直前まで迷いに迷っておりました。そのため、実際にペンを動かし始めたのは3日前で、その時点でも様々な構想が浮かんでは消え、また浮かびの繰り返しでした。皆さんも直ぐに気づかれたと思いますが、卒業を祝う言葉は新聞、しおり、祝辞など多々あるにもかかわらず、今回、全て内容を違えております。むろん、主役である卒業生に対するメッセージという一点では同じものなのですが、その中身や素材に関しては全て違えることとしました。
といいますのは、丁度1年前のことです。昨年の37回卒業式に出席し終え、自宅にて卒業式の感想を息子と話し合った時点に遡ります。彼が言うには、複数の登壇者から似たような内容や話題を聞かされる。時節を述べるくだりや時事の話題は重複していることもままある。また、壇上での発言や冊子等の書き物を比べると同じようなトーンで構成されている。ウ~ン、確かにそうかも。聞くばっかり、見るばっかりの側からはそのような視点もあるのかも。ただ、時宜を得た話題は不可欠だし、厳粛な雰囲気の中では相応しい表現もある、主役達に贈りたい節目の言葉も必要だろう、単にテクニカルな表現方法の差ではないのか、そんなことより見送る側の想いは変わらないという真意を重くみた方がいいんじゃないかと息子を諭した次第。
さりとて大人の一員としては、手抜きではないかいう息子の猜疑心を払拭せねばとの義侠心が頭をもたげ、心の中では来年度(今回の38回卒業式)は決めてやるとの思いが沸々と湧き起こったものでした。つまり、全ての祝辞や挨拶の内容を全て異なる文面・脈絡にするつもりで取り組むことをその時点で決意した次第です。このような訳で、ご承知のような事と相成った訳です。なんだか家庭の事情を優先したみたいですが、子供達の門出を祝う節目に大人としての矜恃を見せる必要があるとの判断の下に実行に移しました。ただ、言うは易し行うは難しで結構な難産でした。新年を迎えてからは、鍵や書類、約束事に関する忘れ物や物忘れが多発する事態となりました。スワッ年のせいかとも考えたのですが、卒業式を終えるとそんな愚行がすっかり陰を潜めたので、心のどこかにひっかかっていたんだと未知の我を知るきっかけにもなりました。最終的には、祝賀会後の2次会会場に大切なリュックサックを置き忘れ、翌朝、むずがる(?)伴侶に連れられて(?)、いそいそと回収する羽目に陥りましたが…
さて、卒業式の前日(2月28日)夕刻、自宅の居間での出来事です。件の息子が珍しくしめやかに「明日は大丈夫?」と尋ねてきました。「何故?」と聞くと「体育大会時に一瞬詰まったから」との弁。「熱中症を考え内容を咄嗟に替えたからさ」続けて「明日は来賓や保護者も大勢来るらしいな」と本音を吐くと、「40周年でも式典挨拶をしたじゃない」との優しい言葉。これはもしかして、親父への気遣い!初めての出来事!と喜んだのも束の間、油断は禁物、案の定すかさず聞いてきました。その日全校に配布された西高新聞、朝陽会会報等を前に広げ、「明日の卒業式の祝辞では、この中のどの文言を使うの?」。そこですかさず、「フフッ!そう言うだろうと思って、全然別の内容にした!」。親父として1年がかりで溜飲を下げることができました。ところが……卒業式後の学級懇談会でのこと。クラスメートや保護者が居並ぶ場面での息子の最後のスピーチは……「将来保護者になっても、PTA会長にはなりません」ウーンやられました!見事に切り返されました!どうやら、彼とのライバル関係は暫く続きそうな雲行きです。次は入学式です。こましゃくれていない希望に満ちたキラキラした眼差しの新入生との出会いが本当に楽しみになりました。折角ですので、様々な出来事を経た祝辞を掲載したいと思います。
PTA会長 奧 泰裕
(以下、祝辞文)
38期生の皆さん、三年間、よく頑張り抜きました。皆さんを間近で見かける度に、勇気が湧いてきます。「卒業おめでとう」と言うだけでは、物足ない気がしています。「ありがとう。よくぞここまで」と一人一人に声をかけたい思いで溢れそうになります。皆さんが受けた卒業証書、それは、夢を描き、鍛えた日々の集大成そのものです。ここで学び取った蓄積が、皆さんの掌(たなごころ)にあると思ってください。紙一枚の代物ですが、どうですか、ずっしりとした重みを感じませんか。それには、想い出や経験の全て詰まっているからです。その一つ一つが皆さんを逞しくする力になったと、私は堅く信じています。ですから、自らの可能性を信じて、ただ前のみを見つめて、人生を堂々と生き抜いてください。
先程、卒業証書の名前が呼び上げられました。高校生活の中で何回呼ばれたことでしょう。呼ばれる度に、一回りも二回りも成長してきたのです。でも、高校生として名前を呼ばれるのは、これが最後になります。皆さんは、どんな想いで自分の名前を聴き、返事をしたのでしょうか。この瞬間のその想いこそが大切なのです。つまり、皆さんは小さくとも大きな歩みを、大人としての第一歩を、その想いとともに踏み出したことになります。すなわち、駿馬(しゅんめ)の如くその両足で大地を踏ん張り、目標目がけて駆け抜ける事を自らの判断と意思で決める時が来たのです。でも、不安は無用です。勇気と自信を持ってください。皆さんの内側には、充分な意欲と知恵が既に秘められている筈です。どんな時でも、そのことを思い起こしてもらいたいと強く願っています。
卒業証書にはもうひとつ大切なことが書かれています。皆さんの誕生日です。その日から今日までいろいろなことがあったと思います。特に高校では、人知れず壁にぶつかり、目標を失いかけ、時には悩み苦しんだかもしれません。でも、どんな事も乗り越え、今を迎えることができたではありませんか。これまでのことを振り返ってみてください。どれ程の方に、どれ程の事をしてもらったでしょうか。感謝を忘れないようにしないといけません。それに応えるには、自分を大切にして、正々堂々と歩むこと、その一点に尽きます。一番の理解者は、一番近くに居るものです。皆さんの事を誇りに思い、期待を寄せている理解者が、直ぐ隣で微笑んでいる、そのことを片時も忘れないことが大切です。
保護者の皆さん、本日ここに我々の息子、娘を無事に送り出すことができました。ともに喜びたいと思います。すばらしい想い出を残し、逞しく成長した子供達を誇らしく思って下さい。彼ら、彼女らは、いわば 今まさに羽ばたかんとする 若鷹(わかたか)のようなものです。頭上に広がる大空を、自由に自力で飛び回れるよう、良き理解者として、また人生の先輩として、温かくも時には厳しく、見守り続けたいものだと痛感しております。
ご臨席のご来賓の方々には、どんな時でも、本校の子供達に優しい眼差しを送っていただき、この場をお借りして感謝を申し上げます。また、ご列席の先生方のご指導なくしては、この佳き日を迎え事は出来ませんでした。どの様にお礼を申し上げれば、この感謝の意を汲んでもらえるのか。今は只々、「ありがとうございます」としか申し上げる言葉が見つかりません。
いよいよ旅立ちの時です。母校を巣立つ皆さん、その目前に広がる洋々たる大海原(おおうなばら)を持てる勇気と英知をもって切り拓き、世界を舞台に大きく飛躍されんことを期待して、PTAを代表した餞(はなむけ)の言葉といたします。本日は、誠におめでとうございます。
令和6年度PTA総会
自転車通学生のヘルメットの着用及び準備について(お願い)
令和5年度 宮崎県高等学校PTA連合会 定期総会
令和5年度 PTA総会
会長就任のごあいさつ
令和3年度PTA活動計画
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